第6回 ChatGPTと2040年の法律事務所

 

2040年を想定すると、法律事務所所属の弁護士の仕事の方法はどのように変化すると予想されるだろうか。今回は「ChatGPTと2040年の法律事務所」と題し、この問題について本書第9章をもとに論じていきたい。

 

1 法律分野には「正解がない」領域が多々ある

ChatGPT時代の弁護士・法務担当者の付加価値を考える際、筆者は、法律分野には「正解がない」領域が多々あるということに着目している。

いわゆる「Q&A本」を例にとってみよう。AI技術がさらに進展すれば、あたかも「Q&A本があらゆる法律分野について揃っており、それを自由自在に検索できる」かのような時代が来るだろう。そうなると、「適切なQ&A本を検索し、そのQ&A本の正しいページを開く」という昔ながらの弁護士に必要とされていたリサーチ能力の希少価値が減ること自体は、否定できない。

しかしそれでもなお、「自分がQ&A本を利用して答えを探求すべき質問は何か?」という点であるとか、「Q&A本にはこのように書いているが、本件でそれを実際にどのように落とし込むのか?」といった「正解がない」領域に関する能力は、引き続き重要だろう。 そうすると、「調べさえすれば――またはAIに調べさせれば――わかる知識」の重要性が相対的に低下する一方で、「法律家らしく考えること(Think like a lawyer)」すなわち「リーガルマインド」が再び注目されるべき時が来るかもしれない。

 

2 業務内容は変わっても、弁護士の仕事自体はなくならない

確かにこれまでも、弁護士の業務において、依頼者から「(Q&A本などの)本に答えが書いてある」ような質問が来ることもないわけではなかった。しかし、そもそも社内に法務部門を擁し、「本に書いてある」レベルの話であれば部門内で検討・判断できるようなクライアントを想定すると、そのような企業があえて弁護士に相談するのは、「本に答えが書いていない」部分について知りたいからこそである場合が多いだろう。AIによって「本に答えが書いてある」質問であれば、依頼者の法務部門でも簡単に調べることができるような時代が到来することで、将来的には、「本に答えが書いてある」ような質問をされることは(特に顧問料以外の報酬が発生する依頼としてそのような依頼がされることは)激減すると予想される。

しかし、これまでの弁護士の重要な付加価値は「本に答えが書いていない」部分にこそあったはずである。そのような「本に答えが書いていない」、すなわち「正解がない」部分については、データが豊富で「正解がある」ものに強いAIとしては、必ずしも強みを持たない。だからこそ、そのような部分について「これまで議論されてきたことはこの範囲である、この範囲ではこのような理由でこのような結論になっていた。本件を、過去に議論されてきたことと比較すると、この点が共通しているが、この点が異なっている。かかる相違点については〇〇という理由で重要である/重要ではない、そうすると本件も同じ/違う結論を採用すべきである」といった議論をーーAIの「支援」を受けつつーー行うことが、弁護士として引き続き求められるだろう。

もちろん、「本に答えが書いてある」ような質問が減り、より大変な業務だけが残る、という側面はあるだろう。しかし筆者は、付加価値の高い業務に注力できるということであるというように、前向きになるべきと考える。

 

3 AIが優位性を発揮しやすい業務分野での「戦い方」

データが多い分野においては、AIが優位性を発揮しやすい。このような分野においてはますますAIの役割が大きくなり、法律分野の専門職といえども優位性が得られにくくなるリスクは高まるだろう。たとえば、政府の市民向け窓口が進化し、オンラインでAI等を利用して誰でも簡単に手続きができる時代がやってくるとしたら、これと同じ手続きを代行します、というだけでは、なかなか辛いのではないだろうか。

しかしその場合でも、「正解がない」部分が一つの「戦える」領域となる。依頼者等とのコミュニケーションなど、法律業務には「正解がない」分野がある。そこで、たとえば「正解のある」リサーチ部分を大幅にChatGPTやAIに委ね、若手にそれらの回答を確認・検証させた上で、自分自身はそれ以外の分野で優位性を発揮するといった割り切りが必要となるかもしれない。 結局のところ、単に「もっともらしい」ことを言うだけであれば、そのような仕事は「ChatGPTに聞けばわかる」とされてしまうのだろう。しかし、単なる「もっともらしい」を超えた真に「もっとも」な事実やロジックを示す、一般論を超えた個別具体的な応用をする、正論(もっともなこと)を言っても動かない人を動かす――、そういった部分においては、なお人間の弁護士や法務担当者がその価値を発揮する余地があると考えられる。

 

4 「あなたの回答こそが知りたい」と思ってもらう

大量のデータをもとにしたAIの回答は、いわば最大公約数的な、平均的回答になりがちである。逆に言えば、「あなたの回答(Who you are)こそが知りたい」と思ってもらえさえすれば、「AIはAと言っているが、私はこういう理由でBだと思う」というようなオリジナルな答えを出す部分において、希少性ないしは独自の付加価値が出てくるかもしれない。

 

5 ニッチ分野を狙う戦略

ChatGPTなどの学習型AIは、その技術的制約(本連載第5回および本書第2章参照)から、新しいことが苦手である。データが少なくAIの学習がしにくい新しい分野、あるいはニッチな分野こそ、今後人間の法律専門職がAIよりも優位性を発揮しやすい分野となる可能性がある。

ただし、そもそもなぜそこがニッチなのか、という点を考えるべきである。将来有望なブルーオーシャンではなく、単に「魚がいない池」なのかもしれない。また、「ここは新しい/ニッチだから狙おう!」として、多くの法律専門職が参入すると、結局のところそこはレッドオーシャンとなり、またデータも増えてAIが学習しやすくなり、結果としてニッチではなくなってしまう。

そこで、「現時点で新しいか/ニッチか」ではなく、将来においてもAIが引き続き学習しにくい分野はどこか、といった点を想定すべきである。たとえば、常に新しいテーマを模索し続けるという意味では、新規立法や法改正を行うといった形で新しいルールを創出したり、これまでの法令の伝統的解釈では「グレー」であったような内容について一定範囲で「白」であることのお墨付きを新たに得ようと模索したりするルールメイキング(公共政策法務)の仕事*1は、ひとつの有望分野なのかもしれない。

 

6 企業法務弁護士の憂鬱

「インハウスローヤーを含む法務担当者には、2040年になってもまだまだできることがある」。筆者がとある講演のなかでこのような話をしたところ、ある法務担当者の受講者の方から次のようなコメントをいただいた。「われわれ法務担当者は確かに大変だけれども、なんとかなりそうだとわかりました。でも、弁護士の先生はもっと大変なのでしょうね」――。

すなわち、これまでも企業の法務担当者と企業法務弁護士は「二人三脚」で協力し合って、法務の仕事である「長期的リスク管理」の実現を図ってきた*2。すなわち、主に企業法務弁護士が「難しい契約書の作成」「意見書の作成」といった成果物作成を担当し、企業の法務担当者が「何をインプットするか」「出力された成果物をどのように利用するか」「そこでどのようにコミュニケーションをしていくのか」といったことを担当する、というような役割分担をしてきたのである。

ところが、AI時代に重要な「正解がない」領域というのは、「何をインプットするか」「出力された成果物をどのように利用するか」「そこでどのようにコミュニケーションをしていくのか」といったことである。そしてそれこそが、これまで企業の法務担当者が担当してきた部分である。弁護士の担当として挙げた成果物作成の仕事はAIとの関係ではどんどん「支援」(第5回参照)の程度が高まることが予想される。これを、もしかすると「企業法務弁護士の憂鬱」と呼ぶことができるかもしれない。

この「企業法務弁護士の憂鬱」について筆者個人としては、企業法務弁護士は2040年においても――2023年とは異なる形であろうが――果たすべき役割はなお残ると考える。要するに、従来の弁護士の仕事や役割に安住してはいけないという意味では、上記の質問をくださった受講者の方のコメントは非常に的確に本質を突いている。

しかし、である。仕事や役割を柔軟に変えることで、変化にも適応できるはずだと筆者は考える。たとえば、適切な成果物を得るためには、適切な情報をAI・リーガルテックに法務担当者がインプットする必要があるところ、法務担当者に対し「どのようなインプットをするか」を考える上での支援をすることが考えられる。また、AI・リーガルテックが提供する成果物をどのように利用するかというのも法務担当者の悩みどころであるが、その点を支援することも考えられる。

これらはあくまでも一部の例にすぎないが、より企業の実情に踏み込み、法務担当者の悩みに寄り添った対応をするなど、時代に即した変革を行うことで一定以上の対応は可能であると思われる。

いよいよ8月に入り、本書が書店の棚に並ぶ時期も近づいてきた。次回は本連載の最終回として企業法務部門の仕事の仕方がどう変わるかを説明したい。

なお、2023年8月1日には、法務省が「AI等を用いた契約書等関連業務支援サービスの提供と弁護士法第72条との関係について」*3を公表し、現在提供されている一般的な契約レビューに関するリーガルテックを適法とした。本書では、まさに本書校了から程なくこのガイドラインが公表されることが想定されていたことから、弁護士法72条については割愛したところである。このガイドラインは、リーガルテックがさらに発展する契機になると筆者は考えている*4

 

*1:松尾剛行『キャリアデザインのための企業法務入門』(有斐閣・2022年)第12章参照。

*2:松尾・前掲注1)第1章参照。

*3:https://www.moj.go.jp/content/001400675.pdf

*4:松尾剛行「代表理事コラム特別編ー法務省ガイドラインの公表」AI・契約レビューテクノロジー協会(https://ai-contract-review.org/column/1073/)も参照のこと。

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