第5回 ChatGPTと2040年の法律業務・総論

 

1 ChatGPTに「負けない」2040年の法律業務の未来像

ChatGPTは進化し続けている。読者の皆様の中には、2040年のChatGPTが我々弁護士や企業法務担当者と同等の仕事をするに至り、我々の仕事が「奪われ」てしまうかもしれないという懸念をお持ちかもしれない。そこで、ChatGPTに「2040年においてAIに仕事を奪われない弁護士や企業の法務担当者になるために心がけるべきことは何ですか?」と聞いてみた。その答えは以下のようなものだった。

 

AIの進歩が進むにつれて、AIは特定のタスクを効率的に実行する能力が増すでしょう。しかし、AIが人間の弁護士や法務担当者が持つ全てのスキルを完全に置き換えることは難しいでしょう。以下に、2040年においてAIに仕事を奪われない弁護士や企業の法務担当者になるために心がけるべきことをいくつか挙げてみましょう。

1.対人スキルと対話能力の向上: AIは現在のところ、人間との対話や人間の感情を理解する能力には限界があります。弁護士や法務担当者としての対人スキルや説得力、交渉力は、人間がAIを上回る重要なスキルとなるでしょう。

倫理的な判断と法的解釈: 法律はしばしば解釈が必要な領域であり、法律の理解と適用は倫理的な判断を必要とします。AIは厳密なルールに基づく解析を行うことが得意ですが、複雑な倫理的な判断や法的解釈にはまだ到底及びません。

3.クリエイティブな問題解決: AIは特定の問題に対する解決策を提供することができますが、新しい問題や未経験の状況に対する独自の解決策を作り出すことはまだ難しいです。弁護士や法務担当者が新たな視点から問題を考え出し、クリエイティブな解決策を提案する能力は、人間がAIを超えるポイントでしょう。

4.AIとの協調: AIの存在を敵視するのではなく、AIと協調するスキルを磨くことも重要です。AIの機能を理解し、最大限に活用することで、より高度な仕事に専念することができます。AIを利用することでルーチンワークを効率化し、より複雑で高度な課題に集中できます。

継続的な学習と適応: 法律業界や技術が変化するにつれて、新しいスキルや知識を獲得し、適応していく能力はますます重要になります。それは、新しい法律や規則、裁判の前例、テクノロジーの進歩など、さまざまな形で現れるでしょう。

以上のようなスキルと心構えを持つことで、弁護士や法務担当者はAIの進化を恐れることなく、むしろAIを活用して更なる成功を収めることが可能になるでしょう。

いかがだろうか。筆者は、本書299頁でこれを「平凡な回答」と評した。本連載第5回〜第7回では、このようなChatGPTのある意味では凡庸で陳腐な回答に負けない2040年の法律業務の未来像を描き出せるよう努力をしていきたいが、本当にChatGPTを上まわることができているかは、読者の皆様のご判断に委ねたい。

まずはこの第5回において、本書第7章・第8章をもとに、ChatGPTと2040年の法律業務をめぐる総論的な話を描き出したい。

 

2 リスクの一部は2040年も残り続ける

本連載第1回で個人情報保護法リスク、第2回で著作権リスクについて説明した。これらはChatGPTにまつわるリスクの一部である。そして、2040年を想定するならば、現時点でリスクがあるとしても、それまでの間に、安全な情報収集方法や、著作権者とAIベンダの間で利益を適切に配分する仕組みといったものが完成し、これらのリスクは解消するかもしれない。しかし筆者はそれでも、やはり一定のリスクは残り続けると予想するところである。

ChatGPTを含むAIについて今後技術が発展しても必然的に残り続ける制約を、筆者は技術的制約と呼んでいる(技術的制約の詳細な内容については、本書第2章を参照されたい)。 要するに、一部のリスクや問題は、2040年等の将来にわたって、ChatGPTや類似するAIについて残り続けるだろう、ということである。そして、このような技術的制約から、ChatGPTをはじめとする学習系AIについては、「既に多くの類似のことが言われている分野等であれば良い感じの回答を示すことができるものの、そうでない新しい問題や、仮に問題がデータの豊富な分野に属していてもその問題における(他の類似の問題と異なる)特徴的な部分に対してうまく回答できない」「根拠『らしきもの』は示せても、本当の意味での人間の弁護士のような根拠の列挙はできない」「操作・攻撃のリスクがある」「責任を取らない」といった問題が、少なくとも一定範囲の将来にわたっては残り続けるはずである。

 

3 短期的には、「支援」にとどめるための「従来型能力」が重要

これまでも、弁護士や企業の法務部門ではAI・リーガルテックの利用がなされてきたことだろう。しかし、それはあくまでも支援であった。たとえば、契約レビューAIは典型的な「支援」AIである。契約レビューAIは、一般に求められる事項の比較対照をすることで見落としを防止してくれるが、個別具体的な状況に応じたレビューはしてもらえない。つまり、あくまでも自分自身で個別具体的な状況に応じたレビューを行う弁護士や法務担当者といったユーザーの、「支援」にとどまるのである。

ここで、で述べたようなAI・リーガルテックの技術的制約を考えると、短期的にはAIの利用はこうした「支援」にとどめるべきであると筆者は考える。

それはなぜか。「支援」ではないAIの使い方を筆者は「能力拡張」と呼んでいる。能力拡張とはすなわち、「自分自身ができないこと」をAIに行わせることである。たとえば、英語の苦手な弁護士がAIを使って英文契約のレビューをしたり、英語でのコミュニケーションをしたりするのは、典型的な能力拡張である。能力拡張においては、ユーザー本人が「本来どうすべきか/どうあるべきか」をわかっていないということに特徴がある。

このような場合、ユーザー本人が「本来どうすべきか/どうあるべきか」をわかっていない以上、実質的な「吟味」はできない。その結果として、成果物の品質の「上限」がAIの能力に依存してしまうのである。たとえば英語のできる弁護士ならば、翻訳AIの「支援」を受けるとしても、翻訳AIのミスを把握し、是正することができる。しかし、いわゆる「能力拡張」として、英語の苦手な弁護士が翻訳AIを利用して英文契約をレビューするという場合はどうか。AIが提供する和訳が正確かどうかを当該弁護士自身は確認・検証できないため、「AIが間違えれば、弁護士が提供する成果物も間違ったものになる」という状況が生じてしまうだろう。これが、技術的制約を前提とした、AIを能力拡張のために利用することの問題点である。

AIの「誤り」の可能性というのは常に存在し続けるし、また免責条項が存在する以上、AIがいざ間違いを犯しても、弁護士として通常はOpenAI社やAIベンダなどに対してその責任を問うことはできない。だからこそ、能力拡張ではなく支援としてAIを利用すべきである。

そして、AIの活用範囲を支援のレベルにとどめるため、結局のところ「自分自身ができること」が一定のレベルにある必要が出てくることに留意が必要であろう。 つまり、AI・リーガルテックを利用しない伝統的な業務についてそれを的確に遂行するだけの能力を有していなければ、少なくとも短期的にはAI・リーガルテックの支援を受けて業務を遂行することができず、そのため、ある意味ではAI・リーガルテックの便益を享受することができなくなってしまうのである。

 

4 長期的には「オーソリティ」を持ったAIが「正解」を出す

「豊富なデータ」に基づき「正解」が導き出せる分野においては、AIの急速な発展が予想される。2040年といったかなり先の将来を見据えれば、「正解がある」分野についてはAIの一人勝ちになるだろう。たとえば、リサーチ系AIを考えてみよう。今後、弁護士や法務担当者が実務で利用する書籍・論文・判例などの情報を利用してAIがリーガルリサーチを支援するようになれば、データも豊富であるし、また、そこに「正解」はある。これらの豊富なデータをAIが迅速に検索・抽出・要約する等といった形で、人間と同程度のレベルや場合によってはそれ以上の成果を出すようになるだろう。

現在、定評あるコンメンタールが存在する分野において、「コンメンタールにはこのように条文・判例・通説・先例実務に関する記載があるが、本当だろうか?『多数説』とされている見解が本当に多数の学者によって支持されているのかどうか、すべての書籍・論文を数え上げて確かめてみよう」ということを実務で常に行っている人は、おそらく存在しないだろう。これは、「オーソリティ(権威)が一定以上認められると、もはや(内容が一見して誤記らしいとわかるといった例外的な場合を除き)確認・検証をしなくてもよい」と一般に理解される状況に達している、ということである。そして、2040年には、特定のリーガルテックプロダクトが、定評あるコンメンタールと同様に再度の確認・検証なく実務上使ってよいと理解されるという意味でのオーソリティを獲得する将来像は、十分にあり得ると考えている。

そして、このようなオーソリティ的にAIが信頼される時代は、いくらAIが支援だと言ったところで、実質的には能力拡張に近づき、弁護士や法務担当者の仕事を代替しかねない。ここで、もう1つの「正解のある」分野である翻訳を例にとって説明してみよう。現在、優秀な弁護士や企業法務担当者が頑張って翻訳をしてもワード1頁あたり1、2個は修正を要する点があるのが普通だろう。そこで、現時点でChatGPTに難しい法律英語の翻訳をさせると、誤訳や不自然な部分の発生確率が高い。優秀な人間のレベルには全く達しておらず、それを修正する方がむしろ時間がかかってしまうこともある。しかし、2040年を想定すれば、AIによってあたかも優秀な法律実務家が翻訳したかのような高度な翻訳が提示される将来像が想定される。そうすると、いくら「支援」だと言ったところで、人間はAIが「大体合っている」ことを前提に、「ざっとチェックするだけ」になりかねない。

このことは2つの意味を持つ。まず、「AI・リーガルテックのリテラシー」のコモディティ化である。「今後のAI時代に備え、AI・リーガルテックのリテラシーが必要だ」といったことが言われることがあるが、本記事冒頭のChatGPTの回答の中でも、「AIとの協調」として、AIの機能を理解し、最大限に活用できるスキルを磨くべし、と述べられている。つまり、上記のような「正解がある」分野であれば、レベルがもともと高いAIの回答をざっとチェックするという意味での「AI・リーガルテックを利用できる」という能力は、決して高度で希少なものではなくなり、むしろ誰でもできる仕事だ、というような話になってしまうだろう。筆者はよく、「2040年のAI・リーガルテックのリテラシーは2023年のパソコンのリテラシーと同じだ」という比喩を使っている。2023年においてパソコンが使えないと就職・転職は難しいが、使えるからと言って決して引っ張りだこになるわけではない。AI・リーガルテックについてもこのような現象が起こるだろう。

次に、「易きに流れ」てはならないことである。AIが優秀な人間レベルの成果物を出す分野では、「AIの成果物を真摯かつ慎重にチェックしたが特に誤りは見当たらなかった」という結論になることが多い。その意味は、「なまけ心」を持った人が、もしかすると実際には何もチェックしていないのに「特に誤りは見当たらなかった」と言ってしまうかもしれないところ、その場合に、その人が本当に真摯かつ慎重にチェックしたのか、それとも何も見ていないかを少なくとも容易には判断できない、ということである。このような環境では、ある意味では、易きに流れてしまい、ついつい努力を怠って、前者の「確認・検証をしたふりをする」人材、要するに実際にはAIなしで成果物を作成する能力を有さず、能力拡張にしかAIを使えない人材となりかねない。しかし、そのような人材になってしまえば、その先には「特に人間がチェックする意味がないのでこの分野は完全に自動化することにした」とか「チェックは学生のバイトにやらせることにした」などとして、仕事がなくなる未来が待っていてもおかしくないだろう。

 

5 「勝ち筋」はどこにあるのか?

今後、AIの能力が不断に向上することが見込まれる中、もちろん、「AIに負けないよう研鑽・努力をする」ということは重要であろう。問題は、「どの方向性に向けて努力をするべきか」ということである

1つの考えは、自分が現時点で何らかの強みを持っていて、その価値を会社や顧客に認めてもらっていることが勝ち筋だ、という方向性の考え方である。これはいわば過去の「勝ちパターン」であり、それは一理あるだろう。もっとも、その過去の勝ちパターンが今後もあてはまり続けるかといえば、なかなか難しいところである。

たとえば、上記で「A4サイズのワード1頁当たり修正すべき部分が1、2箇所しかない水準にまでAI翻訳のレベルが上がる」という未来像を想定したところである。その状況で「自分はA4サイズのワード1頁当たり修正すべき部分が1箇所未満であるから、AIに勝っている」という「戦い方」をするのは得策だろうか。将来的には、人間が8時間かけてその精度を出しているところ、AIは1分でその精度を出し、それを人間が1時間でレビューすれば結果的に修正すべき部分が1箇所未満になるかもしれない。そうであれば、やはり、(あくまで支援として)AIを使い始めた方がよいのではないか。もし、AIの精度がさらに上がったらどうするのだろうか――。

「正解がある」領域でAIと真っ向から対決することで、このような悩ましい状況が容易に生じると思われる。講演や勉強会では、「将棋で藤井七冠が『AI超えの一手』を放ったと言われるように、AIと正面から戦う道もあるのでは?」などと聞かれることがある。確かにそのような人もゼロではないだろう。問題はその割合であって、そのような戦い方ができるのは、たとえば、上位1%かもしれないし、上位0.01%未満かもしれない。

もう1つの考えは、「AIが相対的に弱く、自分が相対的に強い」ところを探すというものである。上記のように、「豊富なデータ」に基づき「正解」が導き出せる分野でAIに勝つことは、長期的には難しいように思われる。しかし、それ以外の分野もあるはずであり、まさにそのようなAIが弱い分野こそが、「攻めどころ」のように思われる。

いずれにせよ、このようなAIが発展し、人間とあたかも競争をするような様相を呈する時代だからこそ、戦略的にキャリアをデザインしていく*1ことの重要性はますます高まっていくだろう。

次回以降は、2回にわたり、弁護士(事務所で働く弁護士を想定)と企業の法務部門(インハウスを含む)に分けて、具体的に検討する。

 

*1:松尾剛行『キャリアデザインのための企業法務入門』(有斐閣・2022年)参照。

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