第7回 ChatGPTと2040年の企業の法務部門

 

連載最終回。そろそろ書店の棚にも『ChatGPTと法律実務』が並んでいる頃ではなかろうか。今回は、法務部門とそこで働く法務担当者(インハウス弁護士を含む)の働き方がどう変わるかについて考察し、本連載の締めくくりとしたい。 

 

1 「正解がない」分野は企業法務部門にこそ多々存在する

第6回でも述べた「Q&A本」の喩えーーつまり将来的にはすべての分野についてあたかも「Q&A本」が揃うような状況となり、判例・通説・実務に関する情報が一瞬で手に入るであろうことーーは、企業の法務部門の役割を考える上でも有用である。いや、むしろ企業の法務部門においてこそ重要であるように思われる。すなわち、2040年を見すえれば、それが「正解がある領域」である限り、ChatGPTのようなAIがかなり詳細かつ正確に回答をできる時代が来るだろう。しかし、そのような代替される領域、つまり「正解がある」領域は、かなり狭いと理解される。法務部門にとっても、「正解がない」領域が鍵なのである

まず正解のない領域の典型例の1つは「自分がQ&A本を利用して答えを探求すべき質問は何か?」である。その場面において最も適切な質問をAIに尋ねなければ、「その質問に対する最高の回答(正解)」を提示することができる高性能なAIであっても、当該AIの回答は不適切なものとならざるを得ない。だからこそ、現場の人が聞いている質問をそのままAIに流し込むのではなく、法務担当者がその専門性でもって、質問内容を吟味しなければならない。 

次に、もう1つの正解のない領域は、「Q&A本にはこのように書いているところ、本件でそれを実際にどのように落とし込むのか?」である。これまでも法務部門が「違法です」と言ってもビジネス部門が対応してくれないといったことがままあるように、たとえ法律的な「正解」があるとしても、それを前提にどのように実務に落とし込んで「実行」まで持っていくのかについてはまた別問題であり、法務担当者の方々は頭を悩ませてきたことだろう。本書第7章5ではこの点に関してコミュニケーションの重要性を述べたところだが、これまでも「顧問弁護士が違法と言っていました」だけでは解決しないことが多かったところ、それが「ChatGPTが違法と言っていました」に変わっても同じことである。このような「実行(execution)」とそのためのコミュニケーションは、まさに引き続き法務部門が果たすべき重要な役割だろう。

 

2 代替される分野は少ない

上記はしかし、逆に言えば「正解がある」分野はAI・リーガルテックに代替され得る面が大きいと言わざるを得ない、ということである。ただ重要なことは、そのような完全に「正解がある」部分は、これまでも、そしてこれからも、法務部門の業務のなかでは1割、あるいはそれ以下の非常に小さな割合にすぎないはずだ、ということである。もちろん、法律書やデータベースを利用した「リサーチ」という業務は一定程度あっただろうが、さすがにそれが業務時間の半分を占めていたという法務担当者はいないだろう。

また、リサーチを伴う質問への回答の作成といった大きな括りとしての「リサーチ関連業務」に相当の時間をかけている担当者が存在するとしても、それは「判例はこうである」「通説はこうである」といった点を把握するのに時間をかけているということよりは、たとえばコンメンタールなどを利用して理解した上で「それらをどのように本件に当てはめるか」といった面に時間をかけていたのではないだろうか。

いずれにせよ筆者としては、あくまでも「代替」までいくのはせいぜい従来の業務の1割やその程度にすぎず、大部分は「代替」されないと考える。

 

3 支援を受ける分野は幅広い

ただし、代替される部分が少ないからといって、法務担当者に対するAIやリーガルテックの影響が少ないということではない。代替まではされない大部分の分野においては、法務担当者はAIやリーガルテックによってますますハイレベルな「支援」(第5回参照)を受けることになる。

すでにプロダクトが存在する契約レビュー等の分野以外でも、たとえばコミュニケーションについても、将来的にはAIやリーガルテックに支援されるであろうことには、留意が必要である。ただし、コミュニケーションの完全な「代替」には至らず、あくまでも「支援」にとどまる。特に、AIはいわば「優等生」的な対応の提案はしてくれても、現実にはそれだけでは足りない部分もあるだろう。だからこそ、コミュニケーション等においても、AIを鵜呑みにすることなく、とはいえAIが支援してくれる部分はAIの支援を受けながら、よりスムーズに進めることになるだろう。

 

4 AIにすべてを代替させてはならない

AI技術の進展によって支援の程度は上がる。また、ナレッジマネジメントとして自社データを入れて自社でAIを育てることで、さらに支援の程度は高まるだろう。しかし、結局のところAIは「正解がない」分野においては人間による意思決定の代替ができる程度には至らないし、責任もとらない。そしてだからこそ、そのようなAIに本来人間の行うべき判断を代替させてはならない。

たとえば、「あの部長はあの時、渋い顔をした」、「会議の際にこの契約条項を飲むと決めた理由は実はこうだった」といったデータ化されていない「暗黙知」のようなものが、実務、とりわけ「正解がない」分野における対応では重要である。テクノロジーが発達することで、AIがそれらしい説明をできるようになるとしても、本当にその説明をその目の前の案件にそのまま当てはめていいのか、AIが想定していない重要な事項が別途存在するのではないか、という問題意識は残るだろう。そして、そのような点においてこそ、法務担当者の価値は引き続き残るだろう

もちろん、このような問題意識に対しては、「将来的には社内外で発生する森羅万象すべてを数値化・データ化してインプットし、AIでビッグデータを処理することで、より高度な支援をしてもらう」という方向の対応もまったくあり得ないわけではない。しかし、プライバシーの問題がある上、そのように大量のデータを投入してAIを高度化させる方向で突っ走ることによって、いわば「AI万能主義」や「AI信仰」のようになってしまい、その技術的制約(本書第2章)のためにAIが抱えている限界やリスクに対し、適切な対応ができなくなるのではないかといった疑問が残る。

むしろ、このようなAIに対する過剰信頼などの弊害を回避するため、少なくとも2040年を見すえる限りは依然として人間の法務担当者が対応する部分が残るし、残すべきであると筆者は考える。

 

5 法務部門が許容する範囲でしか現場にAIを使わせない

法務知識を持たない現場の人たちがAIを利用するようになると、もはや法務部門を頼らなくなってしまうのではないかーーという点は、ひとつの論点ではある。つまり、法務部門不要論、とでも言おうか。確かに、法務知識を持たない現場の人たちがAIを利用することそのものは、一定範囲で発生するだろう。

ここで従来、法務部門はイントラネットにFAQを掲載することで、定型的な質問への対応を行っていたところ、現在はチャットボットに回答させようという試みなども見られる。要するに、定型的でかつ低リスクの部分について、むしろ「法務の監督の下」で現場にAIを使ってもらうことで法務担当者の負荷軽減をする、という方向性は十分あり得るだろう。

たとえば、これまでもイントラネット上(社内掲示板やマイクロソフトのシェアポイントなど)に雛形を掲載し、雛形そのままであれば法務審査なしで契約をしてよいとしていた会社であっても、従来はそれでもなお営業部門などから「雛形はないですか」「雛形をください」という質問があり、その場合にはやはり人間の法務担当者が対応していた、という状況もあったのではないだろうか。今後は、そのような単に「雛形が欲しい」というだけの質問であれば、チャットボットがその雛形を現場の人に提供してくれる。それによって現場は迅速に雛形を入手できるし、法務担当者はいわば「雑務」と言っていいような、雛形の置き場所の問い合わせ対応に割く時間を節約できるわけである。

とはいえ、AIは「間違える」。したがって、専門性が必要な事柄であれば、専門知識のある法務担当者の目を入れて確認・検証する必要があり、法務知識のない現場の人たちにAIを利用させて本来法務部門の実施するべき業務を最初から最後まで行ってもらう、ということは通常は許容できないリスクを発生させかねないだろう。法務部門が関与しない形で現場がAIを利用して対応してしまってもよいのは、上記の雛形提供のような、法務自身としてそれによって生じ得るリスクが相対的に軽微ゆえにAI化が可能と判断した、比較的狭い領域に限定されるだろう。

だからこそ、多くの分野においては引き続き、人間の法務担当者が、法務知識のない現場の人たちとコミュニケーションをしながら業務を遂行することになるだろう。 とはいえ、そこでいうコミュニケーションについても、AIの「支援」を受けることに留意が必要である。たとえば、先ほど述べたチャットボットの事例において、雛形を受け取った現場の人が相手方と契約取り交わしなどのコミュニケーションを行うなかで、たとえば相手方から契約書の修正要望が出てきたとしよう。このような修正を法務知識のない現場の人がAIを利用して行うというモデルは、あまり現実的ではないと考える。それは、前述のとおりAIが「間違える」以上、法務知識のない、つまり、判断能力のない現場の人がそれを完全に使いこなすことはできないからである。

そこで、チャットボットが法務部門に依頼するよう誘導した上で、法務にとって必要な情報を現場の人に尋ね、法務部門にとってわかりやすい書式の「契約レビュー依頼書」として出力する――。こうした形でのコミュニケーションの「支援」は、十分にあり得るだろう。

 

6 法務部門縮小を防ぐために

法務部門には、そのビジネス知識を活かして社内における(法的リスクを中心とした)長期的リスク管理を行うという、重要な役割がある。AIのリスクを含む新しいリスクが登場するこれからの時代において、このような法務部門の役割は重要性を増すことはあっても、減らすことはないだろう。よって筆者としては、一般論として法務部門の規模が少なくとも維持され、もしくは拡大することが望ましいと考える。

だからこそ、「どのような目的でAIやリーガルテックを導入するのか」という視点が、非常に重要となる。短期的な効率化を図るだけだと、「その効率化によって不要となった法務の要員をほかに振り向けていいのではないか」といった話になり、法務の規模縮小につながりかねない。だからこそ、「これまでやってこなかったことをやる」であるとか、「やりたくても(定常業務に忙殺されて)できてこなかったことをやる」といった議論をすることで対応することが有望だろう。

ここで、スモールスタートで今からでも少しずつAIやリーガルテックを利用開始することによって(最初はその導入対応によって時間がかかるとしても)長期的には時間を節約し、その時間を今後重点的な業務に充てることを実践し、それを経営者にアピールするといった対応を早期から行うというのは、法務部門縮小を回避するための対策になり得るように思われる。実際にすでに効果が出ているというデータによって、経営者に対してリーガルテックに対する予算(投資)を説明しやすくなるだろう。

また、ある企業に法務担当者が50人存在するという場合において、AIやリーガルテックが一定の達成度に至った時点で50人全員分のAI・リーガルテックを一気に導入するというのは、費用的にもオペレーション的にもかなり大変だろう。だからこそ、まずは早期に1人や2人分の予算をつけて、いわゆるテクノロジー好きでイノベーターやアーリーアダプター的な気質を持つ1〜2人の法務担当者に使ってもらい、その人に社内におけるリーガルテックのアンバサダー(伝道者)的な役割を果たしてもらう。その上で、自社におけるテクノロジーの有効活用方法や、自社に適用する上での課題などを研究してもらい、また、そのスモールな範囲で生じた効果等を定量的に計測して経営への説明につなげる、といった方法が考えられる。

 

7 部門としての総合力でAI時代を乗り切る

各案件において事業部門が期待する成果を出すための組織体制とはどのようなものか。必ずしも全員が「正解がない」分野においてAIやリーガルテックの「支援」を受けつつChatGPT時代によりよく対応できる人材とは限らないなかで、どうやって各法務担当者のレベルを底上げし、最終的に組織として良い成果を出していくのか、今後はそこが重要となっていくだろう。

基本的には、「正解がない」部分に対する対応能力に優れている中堅・ベテランと、AI・リーガルテックの支援を受けることが得意な若手の双方が存在する、という状況が生じると想定される。もちろんベストな状況というのは、すべての法務担当者が「正解がない」部分に対する対応をリーガルテックによる支援を受けて適切にできる能力を持つことだろう。つまり、若手が「正解がない」部分に対応する能力を身につけ、中堅・ベテランがAI・リーガルテックのリテラシーを身につけるということである。しかし、現実には、なかなかそれを完璧に行うことができないとすると、たとえば、①若手が中堅・ベテランにAI・リーガルテックの使い方を教える「リバースメンター」を活用する、②若手と中堅・ベテランを組み合わせて「チーム全体としては〈正解がない〉部分に対する対応能力とAI・リーガルテックによる支援能力の双方があるという態勢で対応にあたらせる」といったことが考えられるだろう。

 

8 若手からの「突き上げ」に負けず、AI・リーガルテックを活用して「正解がない」分野で価値を発揮する

東京大学は、教育方法を革新し、新しいAI時代に対応した教育をすると公表している。要するに、今後社会に出てくる新人は、AIのリテラシーを当たり前に持っている可能性が高い。すでに社会に出ている皆様が、若手から「AIを使うなんて当たり前ですよね」といった突き上げをくらってしまう、という可能性は否定できないだろう。

しかし、すでに社会に出て活躍されている皆様は、要するに伝統的な教育をまだ受けられるということであり、従来型のOJTとOff-JTを組み合わせた教育・研修を通じて、「正解がない」分野で対応をするための能力を身につけることができるはずである。そして、そのような能力こそ、AIがうまく対応できないことに対応できる能力として、2040年においてはむしろ重要な付加価値を持つはずである。だからこそ、皆様には自信を持っていただきたい。

とはいえ、2040年の法律業務はおそらく様変わりしており、大幅にAI・リーガルテックが活用されるようになっていると予想される。だからこそ皆様には、AI・リーガルテックの知識といった新しいことを学ぶことに貪欲になっていただき、AIに関しては若手同等の能力を持ちながらも、「正解がない」分野で対応をするための能力において若手を上回ることで、尊敬される先輩として後輩を指導していっていただきたいと思う。 

ここまで、7回にわたって様々なChatGPTと法律実務にまつわる論点について説明してきたが、読者の皆様のご関心にお応えすることができただろうか。本連載そのものだけでも有用なものになることを意図しているが、書籍版『ChatGPTと法律実務』は本連載よりも大幅に内容豊富なものとなっている。是非、『ChatGPTと法律実務』も一度お手に取っていただければ幸いである。

 

 

ChatGPTと法律実務

―AIとリーガルテックがひらく弁護士/法務の未来
松尾 剛行 著

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